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Posted by チェスト at

2007年07月11日

雨o(;_ _)o で遺跡の話





雨がわっぜいか・・・・・

で ゆっくり・・・・・

 この前、遺跡好きなお客さんと遺跡探訪・・・・

鹿児島は遺跡が多いところ。

 岩屋公園の清水磨崖仏は有名だけれども、近くの
宝光院跡を知っている人は少ないだろう。
京都に住んでいた頃は仕事が休みになると時々無名な神社、お寺周りをしていた、おたく青年だった。

 戦争もんほどは詳しくはないけど、興味のある事柄かもしれない。私の好きな林忠彦「東海道」の感じがする。。。。

場所は川辺町「宝光院跡」
宝光院(ほうこういん)は、かつて鹿児島県川辺郡川辺町に存在した寺。宗派は真言宗であった。
 起源は1200年、この地に下向した平氏の分家であるとされる川辺氏が菩提寺を建立したことに始まるとされる。南北朝代、川辺氏は南朝側に付いたために北朝側にたった島津氏に滅ぼされるが、寺はそのまま残った。江戸時代には広大な規模を誇っていたが、明治2年の廃仏毀釈により廃寺となった。現在は跡地に仁王像や歴代住職の墓地だけが残る状態となっている。

 ちなみに川辺町は日本有数の仏壇産地であり、その理由として地元業者は宝光院との関係をあげる人が多い。しかし、鹿児島県は日本で最も廃仏毀釈の激しかった地であり宝光院も上記の通り影形無く消滅しているため、何故この地で仏壇生産が盛んになったかははっきりしていない。ちなみに川辺町で仏壇生産が始まったのは明治9年以降、平山地区の池田某が作ったのが初めてとのことである。

 薩摩の古を感じる場所である。

 ☆ダイバーズ in 鹿児島 HP★
 http://daibazuinkagoshima.fc2web.com/
  


Posted by 桜島太郎 at 09:21Comments(0)